creconte’s blog

映画感想多め。本・マンガ・ドラマetc.扱う予定。歴史・政治・社会・サスペンス・アングラ・官能等

花の乱(‘94大河)

6月から約4ヶ月間かけて、大河ドラマ1本を観了。

足利8代将軍義政の妻日野富子(三田佳子)が主人公。

昔見て、妙に印象強く残っており、なおかつ「応仁の乱」を描いたドラマであることに強く惹かれ、思い切って時間を投下したのである。

「いや、面白く分かりやすく脚色し過ぎだろ」というツッコミは何回もしたものの、まあ「NHK大河らしい」ドラマで、文句なしの面白さだったと言えるだろう。

 

箇条書き的に、感想を整理していこう。

(なお興味を持ちながら、史実は特に確かめてない。呉座雄一「応仁の乱」すら読んでないレベル)

幕臣守護大名連の、分かりやすく魅力的なキャラクターの描かれ方。

 細川勝元山名宗全、大内義弘などの「骨太さ」が伝わってくる。

 自分は主に頭脳鋭敏な「勝元推し」で見ていたが、ライバル(と言っても元は婿舅の懇意な間柄だった)である宗全も、根っからの武人で魅力溢れる漢であった。

 

足利将軍家、また畠山家の込み入ったお家騒動、山城国一揆といった、言わば「都市騒擾」発の「地方内乱」を、巧妙に整理して描いている。

 義視の陰影ある人物性は、まさに佐野史郎がハマり役だった。

 

・このドラマを通じて、「義政」像が、かなり更新された。

 もっと「無能で遊興にふける」将軍を思い描いていたが、そうでもなく、言わば「(フランス革命前の)ルイ16世」を想起させる存在だった。

 決して「無能・無為の一辺倒」というのではなく、将軍らしい政治眼はあったものの、自ら作り出してしまった「後継争い」と、収拾不能となっていく幕府内内訌に押し流され、最後は「文化と趣味の世界」に走らざるを得なくなった、という苦悩がよく描かれていた。

 日本史の授業で、「銀閣(慈照寺観音堂)は、金閣に倣い、本当に銀箔を貼る構想だった」と語られていた。ドラマ上もそのような設定だった。

 実際のところはどうだったのか、非常に気になるところだ。

 乱と乱後の混乱はっきり横目にしながら、寺社造営に耽ろうとする姿は、「これぞ義政」と感じざるを得ないが。

 

 市川團十郎(先代12代目、現13代の父)の義政のおかげで、舞などに見応えがある。

 

・若き松たか子(富子の娘時代)、松岡昌宏(成人した義尚)が出演。

 ネタバレは避けるが、富子と義政が結ばれる過程というのは、「無慈悲」過ぎた。

 

一休宗純が非常な重要人物として登場し、奥田瑛二が「怪演」。

 富子と富子の「分身」(森女、森侍者。壇ふみ演)の生い立ちと人生全体に深く関わっている。

 歴史上もそうだが、謎めいた魅力的な人物。

 

・「国人」という存在もまた、伊吹三郎(役所広司)という人物や椿の荘をめぐる環境を通じて、非常に分かりやすく描かれていた。

 その「潰え」も含めて。

 「国人」というと、毛利元就のイメージもあり、さらに興味が湧いた。

 

日野富子は、かつて「悪女」に数えられる人物だった。

 ドラマ上だけでなく、史実としても「金銭にガメツイ」、むしろ近世的資本主義の走りを思わせる女性だったらしい。

 個人的見解だが、「悪女」には明確な条件があり、それは「母親の欲目で、子を押し潰してしまう」女がそれである。

 尤も、その場合、「彼女個人は強い女性」ということは言えるのだが。

 この場合、「子を食い潰しても、彼女自身が強く生きる」ことは、「一般に正義」と見なされない、というバイアスが前提にあるのは興味深いが。

 

・「晩期足利家」の内実の一端が、最後に描かれる。

 普通、日本史上では「名前しか出てこない」、義材(よしき。10代将軍、義視の子)、義澄(ドラマ内では義遐よしとお。11代将軍、堀越公方家出身)などが登場する。

 

・改めて重要なポイントだが、足利幕府というのは、「京の武家政権」であるということ。

 だから将軍家と言っても、自ずと「公家」然として華美で風雅な生活に流れていく。

 また、応仁の乱というのは、「京都内市街戦」として戦われた、ということである。

 これは幕府の開祖尊氏のアイデンティティでもあるのだが。

 「軍事史」としての振り返りの観点で見ても、面白いのである。

 

・少し時代が降るのだが、「天文法華の乱」は、誰か歴史小説か、創価学会辺りでもいいから笑、ぜひ映画化・ドラマ化して欲しいと、前から思っている。

 なぜその頃、法華宗が力を持つことになったのか。

 

花の乱 - Wikipedia

慈照寺 - Wikipedia

日野富子 - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/足利義材

足利義澄 - Wikipedia

市川團十郎 (12代目) - Wikipedia